昼の太陽が、夜の沈黙を照らしていた。
その夜、部屋にあった光は、どこか不思議だった。 電力会社の線から来た光ではない。 遠くの発電所から送られてきた光でもない。 昼間、学校の屋上に落ちた太陽が、蓄電池の中で夜まで待っていた光だった。
アオイは、そのことを美しいと思った。 太陽が沈んでも、太陽の記憶は残せる。 昼に受け取ったものを、夜に手渡せる。 人間は、未来のために光を取っておくことができる。
ヒロにとって、それは当たり前の仕組みだった。 発電、充電、変換、負荷。 だが、アオイが「今日の太陽」と言った瞬間、 彼はその当たり前が少し違って見えた。
蓄電池とは、太陽を保存する箱ではない。
人間が夜を怖がりすぎないための、時間の器である。
二人は、もう互いを誤解していなかった。
初めて会った夜、アオイはヒロを冷たい人だと思った。 ヒロはアオイを現場の外側にいる人だと思った。 だが、いくつもの停電と、いくつもの朝を越えて、その誤解は少しずつほどけた。
アオイは、ヒロが人を見ないのではなく、見すぎると壊れてしまうから数字を見るのだと知った。 ヒロは、アオイがただ撮っているのではなく、町が忘れないために残しているのだと知った。
恋は、相手を理想化することではなかった。 相手の防御を見て、その奥にある傷を少しだけ理解することだった。
渡せなかった手紙
アオイのノートには、まだ渡せなかった手紙が挟まれていた。 「あなたは、電気を見ているふりをして、本当は人の朝を見ているのだと思います」 その一文は、書いたあと何度も読み返して、少し恥ずかしくなり、 それでも消せなかった。
ヒロのメモ帳にも、消しきれなかった一行が残っていた。 「アオイは、撮らない勇気を持っている」 線を引いたのに、まだ読めた。 彼はそのページを破らなかった。
二人は、言葉を持っていた。 ただ、まだ渡す勇気を持っていなかった。